小田原市のつながりとイノベーション
2021/11/9
小田原駅前にある「おだわらイノベーションラボ」に伺った。2021年7月1日オープンの施設。南口の駅ビルを通り抜けミナカ小田原の2Fにある。ミナカ小田原は今と昔が合体したような施設でグッドデザイン賞も受賞している。運営は万葉倶楽部が行っている。後ろには天成園小田原駅別館というホテルがあり、14Fでは展望足湯庭園があるようだ。次回はここに行ってみたい。足湯に入りながらのんびり眺める地域っていいなと思っていたが、すでにここでは現実のものになっていた。
おだわらイノベーションラボは、とんかつ和豚、あじ屋でん助、うなぎ京家、小田原おでん本店など飲食店の中にある。場所的には💡が「i」informationにも見えてしまう。店舗紹介の問い合わせも多いようだ。ちょっとほほえましい。一般市民や観光客も通るいい場所にあるので、関係人口づくりや店舗の課題解決などに活用する企画もありだ。どちらにしろ、いつでもどうぞっていう感じの場所になるといい。
オダワララボ(小田原市)のHPのトップには、「海・川・山・里・まちが、東京から30分にオールインワン。」とある。テレワーク族、子育て世帯、セカンドライフにもピッタリの場所かもしれない。城下町、宿場町として発展した歴史・文化がある。多摩エリアにはない海、外への広がりを感じる。
小田原まちセッションズ、ケントスコーヒーの経営者、平井丈夫氏を訪ねる。まち歩きやまちセッションの企画運営を行っている。小田原の魅力、仕掛けについて伺うことができた。
次に伺ったのは、 田代吉右衛門本店 の田代守孝氏。足湯につかりながらお話を聞いた。エネルギッシュな活動に、心も体もポッカポカになった。
多摩エリアと比較しながら小田原のまちを歩くと、共通点や相違点が見えてくる。
いつものように、現存している金融機関の開設年を調べ、戦前の8店舗を古い順に並べてみた。スルガ銀行が1番古く、りそな銀行は、○○相互銀行だったところかと。横浜銀行の支店が1941年に3つ並んでいるが、これは小田原銀行や小田原通商銀行、国府津銀行、曽我銀行など私立銀行があり、それらの銀行が1924年に合併し、小田原実業銀行になった。その後、1927年に解散し、明和銀行が整理委託を受け、現在は横浜銀行になっていることと関係していると思う。どちらにしろこの時期にこれだけの銀行があったということは、産業が盛んであったはずである。もともと、宿場町だったので、海産物や農産物の流通も盛んだったのだろう。そのへんの歴史の中に、小田原の金融機関の特徴を見つけるヒントがあるかもしれない。
順位 | 金融機関名 | 開設年 | 店舗名 |
---|---|---|---|
1 | スルガ銀行 | 1912年 | 小田原支店 |
2 | りそな銀行 | 1922年 | 小田原支店 |
3 | さがみ信用金庫 | 1925年 | 本店 |
4 | 横浜銀行 | 1941年 | 小田原支店 |
5 | 横浜銀行 | 1941年 | 国府津支店 |
6 | 横浜銀行 | 1941年 | 下曽我支店 |
7 | 静岡銀行 | 1943年 | 小田原支店 |
8 | みずは銀行 | 1944年 | 小田原支店 |
1928年に竣工され明和銀行本店として使用されていた。明和銀行は1927年開業で、横浜銀行小田原支店、そして労働金庫になっている。ギリシャ建築様式。耐久年数を超えたであろう歩道橋とのバランスもいい(笑)。
だるま料理屋は国の有形登録文化財。関東大震災のときに倒壊したが2代目が再建し現在に至る。ここも行ってみたい。
次回は人のつながりだけでなく、企業のつながりも見ていきたい。東京から30分という距離は、八王子に似ている。比較研究を行うことで見えてくるものがありそうだ。